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ウェザーニューズと
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ウェザーニューズとコラボレーション! 応援メッセージはこちらから!!!

   
2011.5.6
「未知の頂へ第一歩」

我々チームホンダは、4月15日AM10:00、ネパールスタッフならびに隊員全員で6056mの未踏峰の頂に立つことができました。
さらに、当初のもう一つの目標であった鈴木彩乃隊員のスキー滑降では、未踏峰の頂からは岩と雪の急傾斜で滑降はできなかったものの、5700m付近から初滑降に成功することができました。
皆様のご協力に厚く御礼を申し上げるとともに、我々チームホンダは夢があるから頑張れたのです。
今回は当初の目標ムスタンから3度の目標変更に苦労を重ねながらも、最終目標を決定し、奥田登攀隊長と若手ホープの中島隊員を向かえ、最高のスタッフと隊員で挑むことができました。その中には新たな多くの絆と信頼関係が生まれました。
人生は一見不可能と思われることに価値があるのです。
目指す夢がある限り、どんな困難も乗り越えることができます。
ルートのない今回の未踏峰には、それなりの難しさが要求される過酷な世界への挑戦でした。
しかし、結果は行動しなければ生まれません。
今回の未踏峰には名前がありませんが、この輝かしい記録を永遠に残すためにも、命名したいと思っております。

この山行を通じて、皆様に夢を持つ大切さをお伝えできれば幸せです。

夢に向かって思いっきり生きてゆくつもりです。

チームホンダ隊長 本多通宏 




2011.4.27
帰国いたしました
本日朝、成田空港へ本多隊長と鈴木隊員が到着しました。
長らくのご声援、まことにありがとうございました。
とはいえ、チームホンダの冒険はまだまだ続きます。
今後は今回の遠征のダイジェストとしまして、フォトギャラリーを公開いたします。
非常に困難な中での衛星通信でしたので、皆さんにお届けできた画像等にも限界がございました。
膨大な量になるかもしれませんが、整理整頓!お届けしたいと思います。
今しばらくお時間を頂戴いたします。

また、たくさんの応援メッセージありがとうございました。
重ねて御礼申し上げます。



2011.4.26

帰国便が決定しました

昨晩、、いきなり切符が取れました。
今日出発します!
そして27日朝にジャパンに到着いたします!(笑)
それでは、カトマンズからの一枚をお送りします。

最後のカトマンズDay 夕日が綺麗でしたー



2011.4.24
帰国へ向けて
その後、無事にカトマンズにて帰国準備中です。
奥田登攀隊長、中島隊員はマナスルのベースキャンプに到着した模様です。
今日は、カトマンズより届きました鈴木隊員のスキー写真をお届します!




フリーダム!
これがフリーダム!


2011.4.21

■2011yaer TEAM HONDA・ヒマラヤ中部・無名峰・未踏峰6056m全員初登頂
!(ラルキャラ付近) ■

2011年4月15日、10:00am TEAM HONDA隊全員が登頂した。
TEAM HONDA隊の登頂旗が、6056mの景色や空気、そこにありそこにしかないものに包まれ、雲より高く太陽に近い山のてっぺんで、ヒマラヤの風と共になびいている。そして私のスキー板も一緒にてっぺんに来て喜んでいるように見えた。

あぁ、あの光景・・・
本多隊長、奥田登攀隊長、中島隊員、HAPの皆の笑顔とあの空間が私の脳奥裏にやきついている。

去年から今年にかけても、バタバタ走りまくりながらの日々。頑張って良かったって、本気で思える瞬間がまた一つ心に刻み込まれた。
「夢を大切に生き、一歩一歩・・・。」と口癖のように言う、本多隊長に出会ってから4年。
自分の人生に対する価値観や、もう一度何かに思いっきり挑戦してみようという気持ち、自分自身を自分で信じる心、物事や今ある現状に対して受け止める心などを少しづつだが、身をもって体感させて頂いた私がいる。そして遅いが、やっと山を登る人達の「山への思い」が少し感じてきた気がする。私にもやっと山への思いが見つかりました。この弱い心を苦労して優しい心が少しでも芽生えるように。私は苦労をして成長をします。
そんな最高の場所の提供をしてくれた、本多隊長の偉大さを感じています。

最近、思う事があります。ちょっとへんてこりんですが・・・
人生には生まれる前から自分でつくった、人生のシナリオがあるように感じてしまうのです。
だから、今を一所懸命に自分のできる事を生きる!って。
今回のTEAM HONDA隊の遠征前に日本を襲った大地震。正直、こんな時にヒマラヤ遠征?なんてって思いました。せっぱ詰まって行きます!って決めた自分がいました。
今、自分にできる事・・・。
それは、今を一所懸命に生きる自分の姿を、災害地や被災者へ繋げる事だと思いました。無力な自分にはそれしかありませんでした。ウェザーニュースさんからも、TEAM HONDA隊の状況を随時発信して頂き、沢山の被災者の方々や災害地へTEAM HONDAの夢や希望が届く事によって、現地にも夢や希望が・・・というメッセージを頂きました。皆さんと一緒になって頑張っている自分がいました。どうか、届け!って。
メッセージを頂き本当にありがとうございます!

未熟な自分から失礼ですが、一人でも多くの方々と「自分にとっての山への挑戦」そして「自分にとっての夢や希望」を抱いて頂けたいたら幸いに思います。

最後に、本多隊長、奥田登攀隊長、中島隊員、HAP、いつもやるって決めたら頑固でわがままな私を心から優しく見送ってくれる家族や仕事関係者の方々、私をいつも見守ってくれている友人の方々に感謝の気持ちでいっぱいです。そして、ウェザーニュースの方々や今回の遠征にサポートして頂いたメーカーの方々にも、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございます!まだまだ、こんな未熟者の自分ですが、どうぞ宜しくお願い致します!

あっ!今回も登頂後にスキーを滑らせて頂き感謝です!!

世界一スキーが大好きなスキーヤー 鈴木彩乃より

★写真1枚目・・・ネパール登山協会の登頂証明証。
★写真2枚目・・・アタック日4月15日、真っ暗な早朝に出発して、やっと太陽が出た時。


これが認定書ですだー

サイコーの写真です!
尚、本多隊長と鈴木隊員はヘリにてカトマンズへ帰着しました。



2011.4.17
登頂日記が届きました!!!

2月17日BC撤収
いよいよベースキャンプともお別れ。いよいよといっても9日間ほどしかいな
かったので、その前の順応で滞在していたビムタンの方が、結局長い滞在となっていた。
ベースキャンプに到着した時は、ダイニングテントは雪の上だったのが、今では緑の草が顔を出している。もう春はそこまで来ている。昨夜はキッチンスタッフによる最後の食事。毎日毎日美味しい食事をありがとう。
夜は月が煌々と輝き、僕達を祝福してくれるかのような気分だった。
本日はマナスル登山の基地となるサマ村へ移動。久しぶりの3000m代の高度は、空気が濃く、暑い。
奥田登攀隊長とわたくし中島はこのままマナスル登山へ。ここサマでチームホンダとはお別れとなる。
最高の仲間とスタッフで登山が成功できて本当に良かったです。
by 中島


以下、アタック日誌です
2月15日アタック日 2時起床。外は月が煌々と輝いているが、しばらくしてすぐにガスに覆われた。
ウェザーニューズの天気予報では本日・明日は登山期間中で最も良い天気となっているが、このガスの中での出発には少々不安を感じる。
朝食後準備をして3時15分出発。ガスに包まれる中、昨日の足跡(本多隊長と奥田登攀隊長は昨日に上部キャンプ入りしている)とヘッドランプの明かりを頼りに高度を稼ぐ。彩乃隊員はスキー板を履いてシール歩行。

高度が上がるにつれ、岩が出はじめ鈴木隊員もスキー板を担ぎだした。6時ごろにようやく光が差し込み、ようやく体に体温が感じられた。
視界も開け、背後にマナスルが飛び込んでくる。 7時、上部キャンプ到着。もちろん本多隊長と奥田登攀隊長はすでにキャンプを後にしている。
ここからは岩と雪のミックス帯で、既にルート工作されたFixロープを辿る。
ユマーリング(Fixロープに登攀具を付けて登る技術)に不慣れな鈴木隊員は少々息が上がっているよだ。先発している隊長達の姿はまだ見えない。
快晴で日差しが強烈だが標高が6000m近いここでは暑さはない。風がほとんど吹いていないのが幸いだ

9時ごろにようやく先発隊の姿が見えた。先頭は奥田登攀隊長とHAP(ハイポーター)がルート工作をし、本多隊長が後続している。その先にはもう斜面が切れているように見えた(頂上稜線に近い)。

必死に先発隊に追いつこうとするも、スピードは上がらない。
ようやく本多隊長と声の届く範囲に追いついたと思うと、その先で奥田登攀隊長が振り向いて何やら叫んでいる。もうそこには頂上へ続くルートは終わっていて、そこが頂上だと言うことを示している。
息を切らして頂上直下でようやく追いついた。本多隊長もかなり息を切らしているが、着実に一歩一歩を歩んでいる。奥田登攀隊長が本多隊長の手を取り、いざ頂上へ。

AM10:00、ついに未踏の6056m峰へ
彩乃隊員は1分遅れで登頂。スキー兼用ブーツにスキー板を担いでいる姿には脅威にすら感じるほどガッツに溢れている。全員が強く固い握手を交わす。
頂上からは日本人が初登頂したマナスル(8163m)をはじめ、チベットの山々が広大な空間に広がっていた。写真撮影やらしているうちにあっという間に30分が過ぎ、下山を始めなければならない時間となった。 再度、気を入れ直して下山にかかる。
一昨日までの積雪が緩み出して来て、登りよりも足がズボズボ埋まってゆく。少しFixロープを離れ下降したとたん、スパッと雪の斜面が切れた。
雪崩だ。
積雪量がそれほど多くなく、大規模な雪崩れではなかったが、先に下降していた本多隊長などの真横を雪崩れていったので一瞬かなりヒヤッとした。
大事に至らず本当に良かった。
あとは第二の目標、鈴木隊員によるスキー滑降。残念ながら、頂上からは急傾斜の岩と雪だったので滑降は不可能。しかも先ほどの雪崩を間近に見ていて、それどころではなかった。
上部キャンプまで下り、雪崩れの危険性が少ない5700mからスキー滑降することとなった。
滑降スタートが12時半を過ぎており、雪質はざら目でいい状態とは言えない。
一見雪の斜面でも、岩の上に薄っすら雪が積もっているだけ箇所も多くあり、ガリガリ言わせながらも、華麗に滑走する姿はまさにプロ。どんなに悪い状態でも全て体で吸収し受け流すかのように、楽しく滑りを楽しんでいた。こちらも無事成功。
しかしまぁ、滑りに見とれたあとのつぼ足でズボズボ言わせながら歩く僕らはいったいなんなのだ、と少し寂しくなってしまうのは何故だろう。。
14時15分、無事全員がBCへ帰着。雪が降り始めており、ギリギリセーフ。
少しでも風雪や吹雪を喰らっていたら、今回の登頂も無かっただろう。天気予報の重大さを身にしみながら、スタッフ一同登頂を祝い合った。


マナスルが見えました。

いやはや、本当に本当にありがとうございました!!!



2011.4.16
登頂報告です
現地スタッフ、奥田登攀隊長はじめ、ご声援いただいているみなさまのご協力
を得て、本日無事に無名の未踏峰6056m峰へ初登頂することができました。東日本の被災者の方々にも勇気と希望を与えてくださいました。本当に本当にありがとうございました。
チームホンダ隊長 本多通宏

現地時刻10時、メンバー全員(4名)とクライミングシェルパ3名で6056m峰へ初登頂
6056m峰 N 28 41 233 E 84 32 432
AC(アタックキャンプ)5714m N 28 41 006 E 84 32 498
BC(ベースキャンプ)4902m N 28 39 859 E 84 32 728
皆様お疲れおねむです。

写真説明
シェルパに撮ってもらったずれたチームフォト、頂上からはスキーはできなかったけど頂上まで板を担いで5700m付近から滑降に成功鈴木隊員



ついについに頂上の写真が届きました。
紺碧の空とはまさにこのことでしょうか!


2011.4.16
チームホンダを支える秘密兵器 その1
シーガルフォーの携帯用浄水器が極地で大活躍!どんな状態の水でもおいしくいただいております。
写真は凍った湖より直接ポンプから水を汲み取って、ナルゲンボトルに貯めています。

安全で美味しい水サイコー


そしてそして、この遠征の電機を支えてくれているソーラー発電はこんなに薄い!!!

こちらは富士電機様よりご提供いただいた薄型ソーラーモジュールなのです!
チームホンダのパソコン、無線、衛星通信はこれで賄っています~
皆さまありがとうございます!!!



2011.4.15
登頂に成功しました

現地時間午前10時 チームホンダは全員でLarkya southの対面にある6025mの未踏峰への登頂に成功しました。
皆さま、ご声援ありがとうございました。
チームは登頂後、ベースキャンプへむけて下山しています。
写真やくわしい報告はベースキャンプへ帰着後となります。
いましばらくお待ちください



2011.4.14

チームホンダ事務局です。
ついに頂上アタックが明日へと迫りました。
ウェザーニューズから送られてきた天気予報をベースにし、慎重に進みます。
なお、アタック中は通信が途切れる可能性が高いです。速報は衛星電話にてお知らせできるかと存じます。
また、ウェザーニューズのサイトをはじめ、たくさんのご声援、本当にありがとうございます。
皆さまの声は現地に全て届いております。

ウェザーニューズみなさま
多くの励ましと応援メッセージありがとうございました。
夢と希望を捨てずに、最後まで一歩一歩頑張ります。
被災者の方々も我々とともに頑張りましょう!
隊長 本多





2011.4.13

4月13日(水) 7:00-4℃ 南東2,4m 17:30-4,1 南2,4m


いよいよ明日出発です。今晩は前夜祭。
中島君の大好物のローストチキンが5000mのラルキャラ峠を越えて風雪の中、運ばれてきました。明日は、奥田登攀隊長とC1(キャンプ1)へ。順調に行けば14時頃にC1に到着。翌日は早朝、C1を出発して頂上へ向かいます。

応援をして頂いている皆様、引き続き、応援を宜しくお願い致します。
諦めず一歩一歩頑張ります。被災者の方々も夢と希望を失わず頑張って下さい。

P,S, 本日のおやつはぜんざい。
ネパール在住の菅沼さんより頂いた、カトマンズ産、日本小豆。とても美味しく頂きました。

隊長本多



ついに届きました「ぜんざい便り」! 皆さまもぜひ!!


2011.4.13
4月12日(火)SKI and rest day!!

今日は晴天!朝食を7:30頃に食べながら、私の頭の中は・・・「スキーが滑りたい」だらけだった(笑)おまけに本日は休養日。なので高度順応を含めて何か体を動かしたいなぁと。そうこう朝食を食べながらイメージをうちに、頭の中はスキーを滑っている事でいっぱいになり、「隊員の誰かが、今日は天気がいいので何かしよう!」と言うのをひそかに待っていた。と、タイミング良くも中島君が「彩乃さん、今日は天気が良いし、アタックまで今日くらいしかスキー慣らし行けないかも?」と言った。私は「そうかも~?♪」と言い、朝食を済ませ自分のテントに戻り、テント内で密かに誰よりも早く、スキーを慣らす為の必要な準備をしていた。いつ奥田さんと中島君が「スキー慣らしに行くよ~!」っと言ってもいいように。
そうしましたらね、朝の9時にスキー慣らしに出発する事になりました。奥田さんと中島君と。そうそう、ここベースキャンプに来てから「あの場所でスキーを滑ったら・・・♪」と自分で発見して、勝手に思い描いていた場所がありましてね。そこは映画のワンシーンに出できそう!って自分で名前をつけて、私一人で思い上がっていた・・・「ゴジラの背中ちゃん」のあの場所へ向けて出発をしました。

私だけ、スキーにシールという物をはり、シューシューと音を立てて歩きました。奥田さんと中島君はつぼ足。3人でテクテク歩く事2時間30分くらい。何個かの尾根を越え、私が思い描いていた「ゴジラの背中ちゃん」の山頂に到着。そこは5200mくらいのところです。風も無く太陽の光にも間に合い、スキー慣らしの中、奥田さんはムービーを。中島君は写真を撮ってくれました。何回か区切ってショットを撮ってくれました。やはり、5200mの山でのスキーは、日本で滑るスキーよりも身体が思うように動いてくれません(笑)が・・・そこがまた面白かったですよ。スキーは本当に楽しいです。この誰もいないヒマラヤ奥地の5200mの山でスキーをしても、やっぱりスキーが大好きです!山とスキーの繋がりは切っても切っても離せな
い。スキーが好きだから、山を知りたかった。

本日は、スキー慣らしに付き合ってくれた、奥田さんと中島君に本当に感謝です。そして、スキー慣らしに気持ち良く見送ってくれた本多隊長にも感謝です。

明後日の4月15日、6056mの山へチームホンダ皆でアタックです!
そこからスキーで滑るのが私の本番です。
鈴木彩乃




ひえぇぇぇ~ いい感じですねーゴジラだ!!!


2011.4.12
4月11日(月)
7:00 -2.4℃ 東2m 17:00 2.3℃ 東4m
本日はレスト。天気快晴の為、朝食後直ぐに洗濯をしたり、洗髪をしたり、ヒゲを剃ったりして過ごす。隊員の中にはダイニングテントで、素っ裸になり行水をする者まで現れる。隊員は皆サッパリし、アタックに備える。
昼食は、大好物のオムライス!珍しく午後も晴天が続き、鈴木はC3fit(着圧タイツ姿でキャラバン製品などの写真撮影。中島はさびしくセルフポートレート。本日は、サービスカットです。
登攀隊長 奥田







本多隊長よりボイスメッセージが届いています。Honda Voice2


2011.4.11
4月10日  7時-7℃ 東2.3m 17時半 -4.3℃ 東4.5m

残された日程が限られて来たなか、目標としていたラルキャサウスの氷河の状態が非常に悪い。
チームで議論の結果、BCを挟んでラルキャサウスの対面にある6056m峰へ目標を変更。
本日はルート工作初日でわたくし中島とハイポーター3名の計4名でできる限り頂上までのルート工作に専念。
奥田登攀隊長と鈴木隊員は高所馴化とスキーの足慣らし。ここにきてようやくスキーを履いた鈴木隊員は雪の感触を確認しながらも、5500m付近から快適に滑走を楽しんでいた。
登攀ルートは快調に伸ばすことができ、400mの固定ロープで頂上直下まで工作が完了。あとは荷揚げと天候次第となった。毎日ウェザーニュースの飯島さまより天気予報を頂いている。アタックディは15日だ。(現時点ではですけどね。)

ミックスは登りづらい(汗) ガスもいい感じ?

ちと雪が深そうですねー

ターゲットはあの山か!?


2011.4.11
4月9日 ベースキャンプ完成! 7:00 -4℃ 東2.7m
ラルキャ峠が大雪に見舞われ、ポーターがカトマンズに帰ってしまうというアクシデントもありましたが、ようやく核心のラルキャ峠を越え、待望のBCへ到着。このBCは氷河の上なので非常に寒いですが、隊員全員元気です。
今日は10日ぶりに着替えをしてホッとしています。
明日からはハイポーターと中島君の協力でルート工作に向かいます。
勇気と自信をもって慎重に行動します。
本多


これがベースキャンプのビッグダイニングです

ついについにベースキャンプを設置しました!
たくさんのご声援、応援メッセージ本当にありがとうございます。


2011.4.10
4月8日(金)

7:30  5、0℃ 東0,4m  16:30 -2,5℃ 東2,4m

またもや晴天!今日は、本多隊長と奥田登攀隊長が、ベースキャンプに来る日だ。なので、中島君が無線機と衛星電話の交信をだいたい毎時1時間おきにしていた。ダイニングテントをたてたり、トイレテントや本多隊長のテントをたてた。私は、昨日の疲れなのか、体がだるかった。しかしながらここは、晴天になると凄く暑くて、太陽がある時と無い時の暑さの差が激しい。そして、昨日の太陽と雪の照り返しで、私の鼻と唇が真っ黒になって脱皮をしそうだ(笑)いや、明日から酷く痛くなるだろう・・・と、そうこうしている中、本多隊長と奥田登攀隊長が15時30分に4920mベースキャンプに到着した。チームホンダ隊みんながBC入りを無事にした。ここからが、本格的な登山活動に入る。自分達が挑戦する山が目の前に見えてきた。明日からも楽しみだ。

そういえばです。
私のスキー仲間達皆で声かけをして、日本のスキーヤー達が、それぞれの立場で復興支援で精力的に活動をしているようです。スキー界では被災地にスキーウエアーを送る運動を短期間に展開して50000点もの支援が集まったんだって。私も、このチームホンダ遠征前に何着か送ったスキーウェアーがあります、それが誰かの元へ届いていて、その人の役にたっている事を願っています。


みなさん!ありがとうございます!!!感謝 感謝


2011.4.10
4月7日(木
-0,5℃ 南2,2m ビムタン→BC

朝5時、少し寒さともに目が覚めた。外は昨日のウェザーニュースから頂いた天候通りの晴天。5時45分に朝食をとった。本日は、待ちに待ったベースキャンプ入りの日なのだ。
本多隊長が6時20分頃、皆より一足先に出発した。
奥田さんと中島君と私は、6時50分頃にヒマラヤンブルースカイの中、ビムタンとお別れをした。少しうっすらと雪がのっている道を歩いて行く。9時30分、4200mを通過。ここから段々と急な雪の坂道になってゆくので、100m進むのにいつもより時間がかかった。12時15分、4700mを、太陽と雪の照り返しが強くなってゆく。またまた急な坂を一歩一歩かみ締めながら、頭が標高差で痛くならないように登る中、14時15分にラルキャラ5100mくらいを通過し、そこから緩やかな下りが続く。そして本日のもうk敵地である4920mのベースキャンプに15時頃に到着した。到着したから、私も微力ながらテントをたてたりした。やはり一気に1500mくらいの標高を上げると体が慣れていないので、自分で思った以上に身体のダメージは大きいようだ。
本多隊長と奥田登攀隊長は、4700mのところで高度順応を含め本日は滞在。明日、BCにくる予定です。

今日は、行動の時間は本当に天気に恵まれて、苦しい登りの中では、太陽がいるだけで少し疲れが軽減された。夜、テントで寝る時の背中に当たる雪のボコボコでお尻がつって目が何度も覚めました(笑)マッサージになったみたい。
4920mBC→N28°39、858   E84°32、729





2011.4.9
4月6日(水)

6:30 -4℃ 南4,1m  16:30 1、4℃ 南1,7m
(奥田さん続く→)
日が変わって、本日の朝から好天。中島の体調もすっかり戻り、朝食のパスタやケーキを美味しく頂いてるようでしたね。昨日、洗濯もすっかりしてしまったので、午前中はスタッフ皆と雪合戦をしました。お昼は極上のオムライスを頂きましたね。

今朝、ウェザーニュースに衛星電話でこの先の天気予報を聞きました。7日は好天、核心となるラルキャラ越えの明後日は低気圧の通過で、少し天気は崩れるという予報でした。ただ、前回、4700mまで上がった…4月4日程は荒れないようなので、予定通り明日出発します。
ビムタン滞在も一週間を越え、本多隊長のSpO2も90代になり、全員体調万全でBC入りに望みます。
奥田


いやはや、ナイスな笑顔ですねぇー


2011.4.9
4月5日(火)
6:30 -5℃    北風0,7m
朝食に天丼を食べました。朝から晴天で、洗濯をしました。中島が、お腹が痛いと言って、10分間トイレにこもったあげく、嘔吐し、下痢になりました。夜は、いつも通り降雪がありました。(奥田続く→)
中島の日記より
ランチのボイルドじゃがいも。それに添えられたヤクバター。これが引き金となった。16時のお茶の頃より、お腹が張ってトイレへダッシュ!!
10分間の格闘のうえ、テントで寝込む。30分程横になった頃か、奥田さんと鈴木さんが戻って来たと同時に吐き気が。トイレに辿りつく前に嘔吐。昼のヤキソバがでました。そのままトイレへ。また下からも。もう、何もでませんよ。
夕食は、さすがにスープだけにしました。でも、何故かスッキリ。


時間をつぶさせたらネパリは天才です!


2011.4.8
ビムタンに滞在して一週間がすぎました。本日はようやくBCに向け出発というところでしたが、風雪が強く本日は待機となりました。一歩早く先発して進んでいた本田隊長と奥田登攀隊長もビムタンに下山。再度立て直しとなりました。
夕方から風は収まってきましたが、雪が本格的に降ってきました。深々と降り積もる様は、日本の冬山を思い出します。
中島


本多隊長よりボイスメッセージが届いています
Honda Voice



2011.4.8
4月3日(日) ★嵐が…

15時30分の風速11,1m 気温2,2度
6日目のビムタンになりました。今日の朝の天気は曇りでまずまずの天気。
そんな中、本多隊長と奥田登攀隊長が朝6時に4700mまで出発しました。その2時間後に、中島君とクライミングシェルパ達も荷揚げ為、同じ4700mくらいへ出発した。
私は、ビムタンで一人休養を頂き、今夜のテント移動やベースキャンプ以上から使用する荷物をまとめ。
クッキングシェルパのジャガティスさんとクライミングシェルパのキターブさんと一緒に時間を過ごしていましたが、お昼の12時を過ぎてからも事です・・・。
雪と11mの強風がビムタンに吹き荒れました。、トイレテントが倒れ、私のテントが暴風で吹き飛ばされそうになり何度も石でクイを打った。その風は長い間続き、朝に出発し、そこで今晩はキャンプをする…本多隊長と奥田登攀隊長、ビムタンから4700mまで荷揚げしを行った…中島君やクライミングシェルパ達の事が心配になり、早めに荷揚げから帰って来たサーダーのカイラさんとジャガティスさん、キターブさんと、外で山道をずっと見つめながら、大丈夫か?と待っていました。そして16時近くになり、中島くんやクライミングシェルパ達が次々とビムタンに帰ってきましたよ。本音、この吹雪と強風の中、本気で焦りましたよ。本当に皆、無事で安心しました。本多隊長と奥田登攀隊長も無事にテントをはり元気だそうです。

4月に入ってから、この暴風雪。明日からの天気の非常に気になります。明日は、私も5000m付近のベースキャンプまで上がります。大丈夫かなぁ。苦しい環境で、私はいつも成長させてもらっています。
この素晴らしい環境へ誘ってくれた、本多隊長に感謝をしています。そして奥田登攀隊長、中島君やスタッフにも感謝です。
さぁ、皆で最後まで行きます!

鈴木彩乃




Gメン気分です


2011.4.8
4月2日(土)ビムタンRest day
6:30  -3℃ 風速0,0m 17:30 4,0℃ 風速 北0,3m
本日ようやく、まちに待ったBC(ベースキャンプ)が決定しました。先発隊として、明日、奥田登攀隊長と出発しますので、荷物と半分に整理整頓しました。
今朝は久しぶりの晴天。寒い朝を向かえました。(-3度)想い想いに散髪、洗濯、等々、明日の出発を備えました。
チームホンダ、いっぽいっぽ前進して行きます。東京は桜満開の中、チームホンダを支えて下さい。
隊長 本多



P,S, スジャータのアホエンは、ネパールスタッフに大好評です!


2011.4.8
4月1日
本多隊長と鈴木とHAPのアンダワさんとキターブさんの4人は4100mまで順応活動をしました。本多隊長の歩くスピードは、日に日に微妙に増しています。
二人はビムタンに戻って、焼きそばを食べましたね。
中島と奥田はルート確認の為、ラルキャラを越え、約4800mのあるポーターロッジまで行きました。ラルキャピーク・ラルキャサウスはじめ、周りの5000m~6000のピーを偵察して、ビムタンに戻りました。ラルキャを越えるあたり、雪がまだ沢山残っており、ポーターが荷上げをするのに多くの問題があります。サーダーをはじめ、スタッフメンバーで協議し、今後のタクティクスを決めたいと思います。

あぁ”ーーーっ!
奥田



く、靴下でさむくないのか、いや寒いはず


2011.4.5
衛星電話にて連絡ありました2

チームホンダ事務局です

昨晩も現地より電話連絡がありましたのでお知らせいたします。
本隊は4700mほどのところまで歩を進め、テントを設置し1泊しておりましたが、激しい雪が続き悪天候が収まる気配がないということで
その先の偵察を一旦断念しビムタンまで下山しました。
今朝もビムタンでは雪が降り、5~6センチほどですが積雪が続いています。目指すベースキャンプ予定地は4700mの地点よりも上部にあることから、今後も苦労が絶えない模様です。
しかしながら、一歩一歩ですが前進していきたいと思っております。
明日はビムタンにて停滞し、明後日の天候を見て峠越えとBC設置を再計画しました。


2011.4.4
衛星携帯電話にて連絡ありました

チームホンダ事務局です。
昨晩、現地より電話連絡がありましたので、お知らせいたします。
ベースキャンプの位置がほぼ確定したようです。今後は天候を見ながらBC設置へと入りますが、まだ数日かかる見込みです。
ここのところ悪天候が続いており、朝はほぼ0℃の気温で、時折雪や雨が降っているようです。
しかしながら、全員が元気にしています。

その後、なぜか「おしるこ」の作り方を尋ねられました。さっそくインターネットレシピを検索し現地へ届けました。
あたたかなお汁粉を楽しんだのでしょうか、気になるところです。
また、連絡があり次第アップいたします!お楽しみに!!!

予告:ウェザーニューズより天気情報を提供いただけることになりました。
    その後、チームホンダとのコラボレーションを予定しています。詳細は後日お届けいたします!!!



2011.4.1
3月29日(TUE)★高度順応1日目

朝5時にトイレに目が覚めた。まだ、薄暗かったが三日月と星がキラキラしている横に、マナスル8163mが煙のように雪をなびかせていた。本日、雲一つない晴天♪
今日は、本多隊長と奥田登攀隊長、中島君とカイラさん(サーダーとキターブさん(高所ポーター)、アンダワ(高所ポーター)と私の3チームに別れて、BC(ベースキャンプ)の場所を決めるのと偵察、高度順応トレーニングをおこなった。

もちろん私は、アンダワさんと一緒に高度順応トレーニングへ。
朝7時30分過ぎに、ビムタン(昨日から高度順応の為に4日間STAYする場所)をビスターレビスターレ(ネパール語でゆっくり)で出発し、テクテク歩いて行くと、ネパールヒマラヤが、ズドーンっ!!と聳え立ち待ち構えていましたの。
ヒマラヤン・ブルースカイと真っ白なヒマラヤン山々のセッションが何とも目に焼きつき心が優しい気持ちになりました。そうそう、地図に載っているヒムルン・ヒマール約7080mが目の前にありましたよ。まだまだ、沢山のヒマール山々に囲まれていましたが、名前がわかりませんでしたが、とにかく、地球がつくったものは本当に凄いすね!地球が私の先生です。っと、目に栄養と、これから私達が目的とする山の少し近くの4205mまで、アンダワさんと一緒に行き、軽い行動食を食べて、テントのあるビムタンまで折り返して来ましたの。私ですね、上りは遅いのですが、下りが好きなんですよ。それはですね、スキーに似ていました、足をチョコチョコしながら、少しだけ足元に緊張させながら、ストックを無駄にチェケチェケ付きながら下る
んですよ(笑)
あっ!今日は嬉しい事がありました~!それはですね。
奥田登攀隊長に、頭のシャンプーをして良いという許可をもらった事です(笑)
おかげさまで、只今スッキリーンです♪山生活は、下界生活のようにはいかないようです。本多隊長と奥田登攀隊長、中島君のアドバイスを聞きながら明日も頑張ります!ここ山の生活は、余計なゴチャゴチャが無く、シンプルに生きるに意識がいきます。私達、チームホンダ隊も一生懸命に挑戦します。今までよりもっともっと、日本が夢や希望、人と人が手を取り合ってキラキラしますように。

鈴木彩乃


事務局です。
本隊はラルキャラのほうまで登って衛星回線につないでくれました。
液晶がまぶしくてほとんどみえていないようです。さすがヒマラヤの光線です。 
思いのほかラルキャラには雪が残っており、荷揚げと順応が上手くいっていません。まだしばらくビムタン滞在が長引きそうです。
しかしながら全力投球のチームホンダです。



2011.3.31(通信回線の状況で本日届きました)
3月28日(月)
サングレカルカからビムタンへ  6:30am 5,5℃ 西1,6m

今日はサングレカルカからスタートして、急坂を上ったり下がったり3600mを4時間弱で到着。明日からは、高度順応でビムタンに4日間滞在予定です。
ジャガティス(コックさん)の作った、冷やしそうめんと巻き寿司は皆、味に絶賛。
食後の散歩で高度順応へ出かけました。
留守本部の辰野君から、日本の報告を受けています。
チームホンダ全員、全ての力を出し切って登頂の報告をしたいと思いますので、応援を宜しくお願い致します。

チームホンダ隊長 本多






2011.3.30
谷間より

チームホンダ事務局です。本日、本多隊長より衛星電話がありました。
現在、ビムタンに滞在中で、明日よりベースキャンプを設置するために荷揚げ等を行います。
その後、ルート工作などが開始される予定で、偵察を含めて行動する予定です。
現在、標高3500mほどのところにおりますが、谷間のためにインターネット衛星をキャッチできない模様です。
この状況はあと数日続く見込みですが、全員元気です!



2011.3.27
3月27日(日)★全ての事はメッセージ
今日の朝もユーミンの”やさしさにつつまれたなら”で目覚めました。
朝食は、おかゆとオムレツとパンケーキでした。蜂蜜が開襟されたので、コーヒーに溶かして飲みましたね。
ゴアでお昼を食べました。極上のオムライスを食べましたね。
ダラダラになったけど、思いっきり歩き出しました。ラリグラス(シャクナゲの花)が所々、美しく咲いていました。鈴木のような美しさでした。
日本庭園のような森林地帯を歩いていると、つづら折りの急登になりました。
「もー!今日はええやろ、かんにんして下さい!」と思いながら登りきると、広いカルカに着きました。そこが、カングレカンカでした。
一つだけバディーがあり、その周りに僕達はテントを張ったのだった…。
全ての被災者の皆様が優しさに包まれますように。
P,S 今日は、鈴木が板をかついでいたよ。
終わり。奥田


ラリグラス:ネパールの国花であるシャクナゲ。大きく美しいです。 皆さまもぜひ。


2011.3.27
3月26日山菜便り

ナマステ(こんにちは)!
歩き出して3日目。本日も短い行程で昼食前には目的地のティリジェに到着。
途中、日本人には馴染み深い"わらび”が群生していました。不思議なことに現地の人はほとんど見向きもしません。
しばし夢中になって山菜取り。昼にはわらびのおひたし、夜にはわらびやヨモギの天ぷらもいただきました。
現地の新鮮な旬のものを食べれることに幸せを感じつつ、今後の登山活動での食生活が気になる今日この頃。。




2011.3.26
★アンナプルナへの道とラルキャ・サウス・ピークへの分かれ道へ
3月25日(FRI)
こんにちは。今回のTEAM HONDAヒマラヤ遠征は、3回目の鈴木彩乃です。
まだまだ未熟者の私でして、沢山の事を学ばせて頂いております。これからのTEAM HONDA遠征の中の日記でお邪魔します。どうぞ宜しくお願い致します。

本日は、タルと言う村からダルパニと言う村まで来ました。朝、8時に出発し、約3時間くらいで本日の目的地へ。
このエリアでは、新しい車が通れる道を造っていました。その工事現場の間には川があり、川を挟んだ横にある道を私達は歩きました。途中途中では、その新しい道工事の為に爆弾で岩を吹っ飛ばしていました。私達の歩いている道の上には、その爆弾で飛んできた沢山の岩の欠片が散らばっているくらいです。危ないですね。本当に危ないですよ。それから岩の大きいのが吹っ飛んでくるんですよ…。そう考えると、日本の道路のきれいさや安全対策には素晴らしさを感じ、感謝の気持ちが浮いてしまいました。
誰かが一所懸命にやってくれている事、私一人ではなにもできない事を感じます。ネパールのヒマラヤへ来ると、古代などへタイムスリップした景色や人間生活が目にうつります。ここでは、計画停電?毎日、停電があります。移動手段は、馬か歩き、人力です。村人の約8割は自給自足。日々生きる為のごくシンプルな事が生きる志す仕事に見えました。家畜と人と人が協力し合って生活をしていました。
明日からの道のりは、今日までのアンナプルナへのトレッキングコースと分かれるの
で、グッとトレッキングをする人達が減るそうです。また、新しい景色に出会いそうです♪

今回の遠征は本気で悩みました。このタイミングで…と日本に災害が起こった直後だったので、とても真剣に考えました。
そして自分のあまりにも無力さを強く感じ、自分ができる事は何か。と考えました。
出発前にI LOVE SNOWを通し、スキーウェアーを災害の現地に送りました。これではほんの気持ちにしかならないでしょう。でも私には、スキーしかありません。スキーと山を通してしかありません。なので私にできる事、自分にしかできない事をと。

そして只今、ネパール・ヒマラヤのラルキャ・サウス・ピーク未踏峰6500mに挑戦しにきています。
災害にも出くわした事もない、苦しみ、人間としても本当に未熟な自分ですが、自分ができる事は、夢や目標を持ち続ける事、頂いた命を精一杯生きる事です。この姿勢、頑張る姿勢くらしかできません。生きる事、勇気や希望、夢を持ち、夢を現実化しようとする姿勢、そして生き抜く事を大切にして頂きたいと強く思いました。地球からの現実は、山の世界とも似ているような気がします。仲間と協力し合いながら、個々の夢や目標に挑戦し、生きて帰る事。生き抜く事。今、私は今、生きてる をとても感じてます。
早く日本が今まで以上に元気な国になる事を願っています。私達も自分達のできる事を一所懸命頑張ります!

TEAM HONDA隊員 鈴木彩乃(スキー滑走隊員)




2011.3.25
トレッキングスタート
3月24日、本日も天候に恵まれ、ポーター4名、カッチャル(ミニ馬)23頭とともに8:30キャンプ地を出発。
順調に本日の目的地に向かってトレッキング開始しました。
対岸では道路工事が続いており、「ドカーン」と雷鳴のような音が響いていました。(発破の音)
東日本巨大地震の被災者の方々は決して希望を失わないで下さい。
我々チームホンダも被災者の方々と一緒に「夢」の目標に向かって歩き出しました。
チームホンダ 隊長 本多通宏


チームホンダ事務局です
谷間を抜ける間、衛星をキャッチできなかった模様でしたが、報告が届きました。
いよいよスタートです!!!これから山の奥へと入っていきます。


2011.3.24
3月23日旅立ちの日
晴れのち夕方雷雨 気温:20度 風速:0 高度:1100
今日は出発の日でした。トヨタ・ランクル・プラドに乗って、トリスリを経由し、スリチョ-ルに向かいました。
僕が7年前に、この方面へ来た時は、ベシサールから2時間歩いたクディまでした入れなかったのに、今回はシャンゲを越え、スリチョールまで来ちゃいました。ベシサールからの道はデコボコで、鈴木彩乃がグニャグニャに、頭と膝がくっついてました。
日本では9日振りに、おばあさんと孫が救出されたと聞きました。よりもっと多くの人達が、今までの生活に早く戻るよう、そして今までよりもっと幸せにあふれる生活になるように願ってやみません。
チームホンダ登攀隊長 奥田仁一

荷物を積み込み、出発進行です!!!


2011.3.24
チームホンダ事務局です。
カトマンズを出発した本隊ですが、途中の谷間に挟まれて、衛星回線を使ってのネット通信が難しいようです。
チームホンダの行動はAbout Larkyaのスケジュール表をご覧ください。



2011.3.22

プジャ。

準備の方は順調で、いよいよ明日(3月23日)からキャラバンに出発します。そこで本日はプジャ。
プジャとはお祈りのことで、安全に無事帰ってこれるようにとお祈りすることです。ネパール最大級の目玉寺(ボダナート)で安全祈願。
成功と無事を祈っていって参ります!


なんだかロックな感じですねー(笑)
いよいよキャラバンのスタートとなります。

今後は山中より衛星回線を利用しての通信となります。
タイムリーな配信を心がけますが、谷間などの地形的な環境によっては通信ができない場合もございます。

ご了承ください。

プジャ:
御祈祷のこと。山に入る前、山の神様に安全と成功を祈願します。
     目玉寺でおなじみのボダナートにて。 皆さまもぜひ!


2011.3.21
3月21日ひかり

いつの間にかカトマンズへ来て4日目なりました。
時の流れは速いですね。ネパールでは一日16時間ほど停電です。常にヘッドランプは手放せません。
今朝も準備のためにオフィスに来て手を洗おうと思って蛇口をひねっても水は出てきません。
いつものことですが。

連日ネパールでも日本のニュースが取り上げられております。ガンバレ日本!!!。





2011.3.20
2011年3月20日準備は順調?
地震発生から一週間が経ちましたが、未だ行方不明者が1万人を超えていると伺います。
一刻も早い復興を心よりお祈りいたします。 我々は着々と出発準備に取り掛かっておりますが
昨日はホーリーのお祭りで商店・レストランは全て閉店。食事を食べに街まで出かけたら、
何故か中島隊員のみ祭りの餌食に。。
「やっぱりネパール人も分かっているなー」と奥田さんの一言。どーゆーことですか!!        By 中島
*ホーリー:ネパールのお祭りで、互いに色水や色粉をぶっかけてもオッケーな困った一日
       建物の屋上などからも色水入りの水風船で狙われる。皆さまもぜひ一度。



2011.3.19
カトマンズにて準備を開始しました
東日本巨大地震の被災者の皆様へ、心からお見舞い申し上げます。昨日18日、チーム4名がネパールの首都カトマンズに集合。4名全員が揃ったのはここが初めて。本日より出発に向けての梱包準備を始めております。




2011.3.18
チームホンダ カトマンズへ向けて出発いたしました。
多くの被災者の希望ためにも全員の力を結集して目標に向かって前進いたします。
   
   

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